私の好きなジム・キャリー主演のヒューマンドラマ、『トゥルーマン・ショー(The Truman Show)』。
若かりし頃のジム・キャリーが、トゥルーマンという男性を演じる物語です。
ここまで聞くと、まあ普通の人生映画っぽく聞こえますよね。
……が、この映画、設定がぶっ飛んでいます。
なんとトゥルーマンは、生まれた瞬間からテレビカメラに撮られ、人生すべてを“リアリティ番組”として世界中に放送され続けている男なのです。
しかも本人は、その事実を一切知りません。
彼は「普通に生きている」つもりですが、周りの人間は全員、俳優かエキストラ。
親友も、同僚も、妻も、そして両親でさえ「演技」をしている人たちなのです。
この映画、はっきり言って文句のつけようがない名作です。私は大好きで、観たことない人にはほぼ布教レベルでおすすめしています。
今回は、映画【トゥルーマン・ショー】のネタバレあり感想レビューです。
「トゥルーマン・ショー」感想
※ここから先はネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください。
まず何よりすごいのが、このストーリーを思いついた人の頭の中。
天才すぎません?
「もしかして自分の人生、ずっと誰かに見られてるんじゃ…?」そんな妄想、一度くらいはしたことあると思います。
でもこれは、ほんの一瞬の密着取材じゃありません。
楽しくて後から思い出し笑いしちゃう瞬間も、黒歴史として封印したい出来事も、全部、世界中に公開。
『情熱大陸で一週間密着しました』とは、訳が違います。
しかも、もっとエグいのがここ。
周りにいる人間、全員“演者”。
親友は心配してるフリ。妻は愛してるフリ。一生懸命やった仕事も、周りは最初から結末を知っている。
冷静に考えると、めちゃくちゃ残酷です。
彼らはただ「仕事」をしているだけ。でもトゥルーマンは、その人たちと本気の人生を生きている。
一言で言えば、人権侵害。完全に「人をコンテンツ扱い」しています。
ここまで言うと、
「いやいや、この映画めっちゃ嫌いじゃん」
と思われそうですが、違います。
それでも名作として成立してしまう理由が、この映画にはちゃんとあるんです。
その最大の理由が、トゥルーマン本人の存在。
作中では、世界中の人がトゥルーマンに夢中です。
顔がドーンとプリントされたクッションを抱えるおばあちゃん。仕事中なのに番組から目が離せないバーテンダーのお姉さん。なぜかコント感の強い日本人家族。
彼らは番組を見ているというより、「トゥルーマンという人間」を好きになっているんですよね。
ジム・キャリー
そのトゥルーマンを演じているのが、ジム・キャリー。
鏡の前でふざけちゃうお茶目さ。毎朝、向かいの家に元気よく挨拶するあの感じ。
あれ全部、ジム・キャリーの表情と空気感の勝利です。
正直、私がジム・キャリー大好きなので贔屓目に見えてる可能性は否定しません。
でも、
トゥルーマンがジム・キャリーじゃなかったら、この映画はここまで愛されなかったと思います。
それくらいハマり役。
一方で、トゥルーマンを支配しているテレビ側。
特にディレクター役のエド・ハリス。
初見では「こいつ最低だな」と思いました。
父親を水恐怖症にするために“殺す演出”。世界の外へ行こうとしたら、嵐を起こして全力阻止。
いやいや、待て。
彼、何も知らない一般人ですからね?
目の前で父親が溺れるとか、一生モノのトラウマです。
嵐のシーンも普通に拷問。「お前らにそんな権利あるわけないだろ!」と本気でキレます。
でも、この映画がうまいのはここから。
あくまで私の憶測ですが、ディレクターは作中で一番トゥルーマンを愛していた人物なんじゃないか。
ずっと成長を見てきた。だからこそ、手放せなかった。
最後にトゥルーマンと話すときの、あの複雑な表情が、すべてを語っている気がします。
つまりこの映画、「みんなトゥルーマンのこと好きすぎ問題」が根底にある物語なんですよね。
ラストで世界を出た瞬間、視聴者たちが大喜びするあのシーンが、その答えです。
だからこそ、そんな“愛される人間”を演じ切ったジム・キャリーは本当にすごい。
何回でも言いますが、ジム・キャリー以外だったら、ここまで心に残る映画にはなってません。
未視聴の方は、ぜひ一度。
そして観たことある方は、もう一回。いや、二回いきましょう。






